2016年10月18日

当時の若者たちの



昨日のは漂白の俳人、種田山頭火の命日であった。私の青春の思い出の中に、乞食のように各地を放浪した山頭火がある。彼を知ったのは、高度成長期に入って物足りていく中で、かえって心の飢えを感じ始めた頃である。管理されつくされた社会の規制の中で生きることに窮屈さを感じ、どこか満足し得ないものがあった。感覚で射止めた山頭火の句には、従来の俳句にない新鮮な感銘があり、魂を揺り動かしたのは確かである。私も周囲にいる若者も幻想を夢見て、何もかも捨て、時には命までも捨てようとした山頭火の生き方に自由への憧れ、純粋な魂への憧憬を抱いたものである。
 私はそのことを懐かしく思うだけではない。山頭火の在り様は、現代人の実生活とは遠くかけ離れているように思えるが、考えてみれば、今の私も心の中ではそんな旅をしているように思えてならない。一体何のために生まれ、そして何をしようとしているのか、人生の生きる意味を見出すべく、真摯に山頭火の生き方を学ぼうとしている。
 話は変わるが、我が家の塀の陰でゲンノショウコの花がひそやかに咲いている。私が綺麗だと思う野の花の一つだ。ゲンノショウコはフウロソウ科の多年草。紅紫花は西日本に、白紫花は東日本に多く見られる。薬草で昔から「医者いらず」とも言われ、下痢止めの妙薬として重宝された。煎じて飲めば実際に効果てきめんらしく、そんなことから「現の証拠」という名がつけられたそうである。
 山頭火も漂泊の旅でゲンノショウコを観ている。『草と虫とそして』の中で次のように記していた。
 「げんのしょうこという草は腹薬として重宝がられるが、何というつつましい草であろう。梅の花を小さくしたような赤い花は愛らしさそのものである。或る俳友が訪ねて来て、その草を見つけて、子供のために摘み採ったが、その姿はほほえましいものであった。
   げんのしようこのおのれひそかな花と咲く  」
 世を捨てた山頭火であればこそ、草花を愛らしく思う気持ちは強い。ゲンノショウコの可愛らしく凛とした姿と自らを比べ、自嘲的な笑みをこぼす姿が浮かんでくる。彼は亡くなる一ヶ月前にはこんな句を作っていた。
  もりもりもりあがる雲へ歩む
 足元にゲンノショウコを眺めて空を見上げると、今、どのあたりを歩いているのだろう、と心なしか淋しさを感じる。山頭火は、本当は何を捨て、何を得て、何を残したのだろう。



Posted by fengkuangjiu at 13:05│Comments(0)
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