2016年07月21日

次兄は両親に滅多に逆らわない

次兄は両親に滅多に逆らわない
平成四年のある寒い日、母はデイサービスでの食事中、心房細動に襲われ、急救病院へ搬送された。一週間ほどの治療で小康を得た時、ベッドの数を確保しておきたいとの理由で、転院を申し渡された。

不安いっぱいの私に、純和風顔で温厚な女性主治医が、武蔵野にある病院を推薦し、こう言った。

「そこの病院はここの系列で、以前、私、勤めていました。環境がとても良くて、スタッフの方、皆、優しくてしっかりしています。ぶり返した時は、ここでまた受け入れますから、心配なさらないでください。

 それと、お母さんは、いつなんどき、何があってもおかしくない状態ですから、昼夜監視が必要です。『家に帰りたい』と言い出しても、家での介護は絶対に無理です。耳を傾けないでください」

主治医の危惧は現実となり、見舞いに来る誰彼なしに「帰りたい」を哀願し始めた。

気持ちは痛いほど分かるが、聞きたくないなあ、嫌だなあ、そう思いながら、それでも覚悟して行くと、思いも寄らぬ言葉「デルを死なせたことで子供たち、恨んでいるだろうねぇ」だった。

デルは白と黒のぶちで、柴犬の雑種。昭和二十三年、男三人の中での一人娘なので、目に入れても痛くない長女を連れて年始回りをしていた父が、生後間もない子犬の引き取り手を探す、その家の夫人の「貰い手がなくて困っているの」その言葉に、酔った勢いもあって、つい引き取った犬である。

家人を噛む悪癖を持ってはいたが、よく芸をこなし、和ませてくれていた。ところが、三年過ぎた初秋、家の近くを走る電車に轢かれ、左の前脚と後ろ脚を失った。その日の夜、小学二年の幼い私を除いて、デルのこれからについての、話し合いがもたれた。

数日後、学校を終えて家の垣根まで来た時、デルが養生する納屋から、父母と聞きなれない男の声が聞こえた。

そこでそっと近づき、背伸びして格子の窓から覗くと、獣医と父母がいた。デルは身動き一つしない。

容態が急変し、獣医に頼ったが手遅れだった、と解釈したが、そうではなかったのである。

その次兄が下校してデルの死を目にし、母に何かを問うた。その答えを耳にすると、激しい怒りをぶつけた。そしてその日以来、家族の誰もがデルに関しては口にしなくなっていた。



Posted by fengkuangjiu at 15:19│Comments(0)
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