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2019年07月18日

童顏槍解決膠原蛋白流失問題讓你重拾年輕緊致肌膚

  現如今,皮膚鬆弛,雙下巴,下垂大圓臉的問題一直讓許多女性朋友感到了困擾,都想要解決這些皮膚問題,但是儘管通過各種各樣的美容方法,還是無法解決皮膚頑固難題,甚至許多治療的方法沒有明顯的效果。其實這些問題的主要“元兇”就是流失問題,而童顏槍解決膠原蛋白流失問題讓你重拾年輕緊致肌膚。


  在我們人體的皮膚組織裡,百分之八十以上的物質是由膠原蛋白來組成的,它是我們皮膚天然的屏障,能夠很好的為我們鎖住水分,讓我們的臉看上去緊致瘦面,光澤飽滿。但是隨著生活和工作壓力的加重,膠原蛋白流失速度正在不斷的加快,這就造成很多女性出現了種種皮膚問題,開始暗啞無光,肌膚不再緊致,就好像一下子老了十歲。


  其實現在使用童顏膠原修復槍就能很好解決這個問題,它也被稱之為Ultra Pro,是一種能夠提供醫療級別的超聲波能量進入到皮膚的深處,對膠原蛋白進行刺激,從而讓其收縮、重組、增生,解決Elase IR被喻為最強膠原槍,是最強的抗衰老產品。Elase IR膠原槍能夠有效阻截膠原蛋白流失,刺激肌膚膠原蛋白增生,令皮膚變得水潤細滑,緊緻富彈性,即時童顔再現。而且療程不會影響外觀,亦無須恢復期,是最強的煥膚武器。問題,讓肌膚恢復緊致彈性,起到提拉的作用。


  和市面上大部分的醫美方法不同,童顏膠原修復槍更加的安全,不會對皮膚產生傷害,也不需要打開創口,安全有效沒有副作用。如果你想要皮膚重拾年輕緊致狀態,擁有一張完美的面孔,那麼這種安全有效的方法你值得嘗試一下。


相關文章:


面對肌膚衰老 我們如何應對膠原蛋白流失?


上了年紀的我們要如何抵抗膠原蛋白流失


皮膚衰老其實是膠原蛋白流失在作祟,你瞭解嗎?


面對膠原蛋白流失,不能坐以待斃而要主動出擊


Thermage FLX 美國第4代電波拉皮讓你不再害怕膠原蛋白流失


  


Posted by fengkuangjiu at 18:41Comments(0)

2019年05月28日

無油糖醋排骨

  最佳蒸排骨練習--馬鈴薯蛋糕腎


  我買的土豆,我差點沒讓太後扔掉,


  之後,什么樣的人才真正買到,這個土豆和你一樣,沒有興趣!


  1湯匙米酒,2湯匙醬油,3湯匙糖,4湯匙醋。


  由懶惰的糖醋排骨做成。


  色澤紅潤,


  味道酸甜,


  開胃下飯,


  容易制作:無油酸甜排骨


  配料:排骨15小片,1湯匙米酒,2湯匙醬油,3湯匙糖,4湯匙陳醋或白米醋,4片生薑,2粒大蒜,適量水。


  無油糖醋排骨的做法


  1,1湯匙米酒,2湯匙醬油,3湯匙糖,4湯匙醋成糖和酸汁。


  2,生薑切片,大蒜去皮,不留。


  三。用排骨冷卻水下鍋,水量比排骨少。


  4、煮沸泡沫後,倒入酸甜果汁。


  5。用高火煮沸,轉到中火和低火,蓋上蓋子,慢燉。


  6。當鍋裏的果汁水快幹時,打開火,迅速炒果汁,這樣才能生產出水壺。


  提示:烹飪過程大約需要30分鍾。


  最後湯汁要收幹,自家製XO醬於香港生產,經過15年經驗調製,沒有額外添加人造色素及防腐劑等有害物質。每一瓶XO醬的所有原材料都經過嚴格挑選,加上精心改良的製作方式,特別適合喜愛入廚的朋友用作蘸料,配以小菜一起烹煮亦別有一番風味。



相關文章:


香煎椒鹽小土豆


怎么做黃金玉米烙


椒鹽魷魚須


魚香肉絲


黑椒炒牛肉


  


Posted by fengkuangjiu at 16:58Comments(0)

2016年10月18日

当時の若者たちの



昨日のは漂白の俳人、種田山頭火の命日であった。私の青春の思い出の中に、乞食のように各地を放浪した山頭火がある。彼を知ったのは、高度成長期に入って物足りていく中で、かえって心の飢えを感じ始めた頃である。管理されつくされた社会の規制の中で生きることに窮屈さを感じ、どこか満足し得ないものがあった。感覚で射止めた山頭火の句には、従来の俳句にない新鮮な感銘があり、魂を揺り動かしたのは確かである。私も周囲にいる若者も幻想を夢見て、何もかも捨て、時には命までも捨てようとした山頭火の生き方に自由への憧れ、純粋な魂への憧憬を抱いたものである。
 私はそのことを懐かしく思うだけではない。山頭火の在り様は、現代人の実生活とは遠くかけ離れているように思えるが、考えてみれば、今の私も心の中ではそんな旅をしているように思えてならない。一体何のために生まれ、そして何をしようとしているのか、人生の生きる意味を見出すべく、真摯に山頭火の生き方を学ぼうとしている。
 話は変わるが、我が家の塀の陰でゲンノショウコの花がひそやかに咲いている。私が綺麗だと思う野の花の一つだ。ゲンノショウコはフウロソウ科の多年草。紅紫花は西日本に、白紫花は東日本に多く見られる。薬草で昔から「医者いらず」とも言われ、下痢止めの妙薬として重宝された。煎じて飲めば実際に効果てきめんらしく、そんなことから「現の証拠」という名がつけられたそうである。
 山頭火も漂泊の旅でゲンノショウコを観ている。『草と虫とそして』の中で次のように記していた。
 「げんのしょうこという草は腹薬として重宝がられるが、何というつつましい草であろう。梅の花を小さくしたような赤い花は愛らしさそのものである。或る俳友が訪ねて来て、その草を見つけて、子供のために摘み採ったが、その姿はほほえましいものであった。
   げんのしようこのおのれひそかな花と咲く  」
 世を捨てた山頭火であればこそ、草花を愛らしく思う気持ちは強い。ゲンノショウコの可愛らしく凛とした姿と自らを比べ、自嘲的な笑みをこぼす姿が浮かんでくる。彼は亡くなる一ヶ月前にはこんな句を作っていた。
  もりもりもりあがる雲へ歩む
 足元にゲンノショウコを眺めて空を見上げると、今、どのあたりを歩いているのだろう、と心なしか淋しさを感じる。山頭火は、本当は何を捨て、何を得て、何を残したのだろう。  


Posted by fengkuangjiu at 13:05Comments(0)

2016年07月21日

次兄は両親に滅多に逆らわない


平成四年のある寒い日、母はデイサービスでの食事中、心房細動に襲われ、急救病院へ搬送された。一週間ほどの治療で小康を得た時、ベッドの数を確保しておきたいとの理由で、転院を申し渡された。

不安いっぱいの私に、純和風顔で温厚な女性主治医が、武蔵野にある病院を推薦し、こう言った。

「そこの病院はここの系列で、以前、私、勤めていました。環境がとても良くて、スタッフの方、皆、優しくてしっかりしています。ぶり返した時は、ここでまた受け入れますから、心配なさらないでください。

 それと、お母さんは、いつなんどき、何があってもおかしくない状態ですから、昼夜監視が必要です。『家に帰りたい』と言い出しても、家での介護は絶対に無理です。耳を傾けないでください」

主治医の危惧は現実となり、見舞いに来る誰彼なしに「帰りたい」を哀願し始めた。

気持ちは痛いほど分かるが、聞きたくないなあ、嫌だなあ、そう思いながら、それでも覚悟して行くと、思いも寄らぬ言葉「デルを死なせたことで子供たち、恨んでいるだろうねぇ」だった。

デルは白と黒のぶちで、柴犬の雑種。昭和二十三年、男三人の中での一人娘なので、目に入れても痛くない長女を連れて年始回りをしていた父が、生後間もない子犬の引き取り手を探す、その家の夫人の「貰い手がなくて困っているの」その言葉に、酔った勢いもあって、つい引き取った犬である。

家人を噛む悪癖を持ってはいたが、よく芸をこなし、和ませてくれていた。ところが、三年過ぎた初秋、家の近くを走る電車に轢かれ、左の前脚と後ろ脚を失った。その日の夜、小学二年の幼い私を除いて、デルのこれからについての、話し合いがもたれた。

数日後、学校を終えて家の垣根まで来た時、デルが養生する納屋から、父母と聞きなれない男の声が聞こえた。

そこでそっと近づき、背伸びして格子の窓から覗くと、獣医と父母がいた。デルは身動き一つしない。

容態が急変し、獣医に頼ったが手遅れだった、と解釈したが、そうではなかったのである。

その次兄が下校してデルの死を目にし、母に何かを問うた。その答えを耳にすると、激しい怒りをぶつけた。そしてその日以来、家族の誰もがデルに関しては口にしなくなっていた。  


Posted by fengkuangjiu at 15:19Comments(0)

2016年06月14日

我やハエはまだまだ日本で



先生は「小さい時から虫が好きで、新種を見つけたいと思っていた。
そこで先生に相談したら、昆虫や蝶などメジャーな虫は日本では研究者が
いっぱいいて、外国のジャングルとかに行かないと新種は見つからない。
も新種が見つかる。ハエは汚いイメージだか、
川にはキレイなピカピカ光ったハエがたくさんいる。だからハエの研究を
しようと思った」「博物館にはいろいろな専門家がいるので、その人たちと
毎日話してると他の虫や魚や鳥や生き物のこともわかるようになる。
博物館ではいろんな展示をするので専門以外のことも詳しくなる。」
「生き物は弱いけど、実はすごい。火山の噴火や洪水で絶滅したと思っても、
岩の下に隠れて生き延びてるものが必ずいる。3年くらいしたら少しずつ
また増えてくる。

1年前の台風でこの川も氾濫して岩や草がかなり流されて川の景色も
変わってしまった。でも、こうやって生き延びている昆虫たちがいる。
それはすごいこと。」などと丁寧に教えて下さいました。

先生は数日前まで九州におられだそうで、九州では鹿が増えて大変
なんだとか。「鹿が増えると山の下草を食べてしまい、山に草がなくなる。
草がなくなると虫が住めなくなり、虫がいないから鳥もいなくなる。
だから山に入っても鳥のさえずりや虫の声もなく、シーンとしていて音がなく、
なんとも不気味な感じがした。鹿が増えるとマダニが増え、人間にも動物にも
移るんです」と話して下さいました。

3時間ほどの川探検は本当に楽しくてためになる環境活動でした。

私は小さい頃、よく父に連れられ川に行ったものです。
虫も魚もそんなに興味ない私は、「川より遊園地連れてって!」と
せがんでいました。中学生や高校生になるとさすがに川には行かなくなり、
でも、川がコンクリート三面張りになると、「あの虫や魚はどうなったんやろう、
生きていけるのかな」と胸がチクチクしたのを覚えています。
今思えば、あれが私の環境意識の芽生えだったのかもしれない。
環境の知識は本やニュースや勉強など、いろんなものから得られるけれど、
生き物や環境を守りたいという根っこの「気持ち」は、川遊びのような体験が
元になるのかもしれません。
そういう「気持ち」を作ることが親の役割、大人の役割かな、と思った1日でした。

家に帰ると、なんか足がヒリヒリ痛い。ジーパンをめくるとそこらじゅう傷たらけ。
石や草で切ったのか…そういえば、岩で足を取られ、何度もこけかけたし…。
息子に「見て見て、傷たらけや」と見せると「年なんやからええかげんにしとき。
気持ちに身体がついていってない証拠や」と冷たく笑われ、川遊びの懐かしさと
ともに老いを感じる1日にもなりました…。  


Posted by fengkuangjiu at 15:41Comments(0)

2016年05月16日

外がこんな状態なので



ところで中でのささやかな触れ合いのお話を一つだけさせてくださいね。

中に入っても人は溢れ、時には人の陰の前後を体を右左に振って絵を観なければなりません。それで

「右と左に分かれてしまった絵のパーツを、頭の中で接続しなくちゃいけないなあ。」と思わず呟いてしまいました。

すると前にいた人が(簡単には退けない状態。)、体を斜めにして

「この角度から一気見して。」と言ってくれたのですHKUE 好唔好

普通に立っているだけで、どれだけの人とぶつかったかというような会場の中で、そんな譲り合いって素敵な事と思いませんか。

この記事を書くのに、ちょっとだけ時間確認で検索しました。

それで知ったのですが、同じ12日の日の夜、皇太子夫婦が鑑賞に訪れたみたいです柏斯琴行老师

まあ、同じ日に行かれて光栄だわ…なんて気持ちにはもちろんまったくなりませんが(意外にも皇室好きなんだけれど、私)、人の頭越しに絵を見るなんて事は絶対にないんだろうなって、その時のニュース画像を見て思いました。

つまりこの方々には「逆に楽しい。」と言う言葉って、きっと理解できないに違いないと思ったのでした。


まあ、とにかく「若冲展」は5月24日までです。

あっ、そうそう。18日の水曜日は65歳以上の方は無料ですよ。

つまり64歳以下の方は行かない方が無難と言うことかもしれませんね。  


Posted by fengkuangjiu at 17:04Comments(0)

2016年05月16日

平日であっても同じよう

係の人は同じく「三時間待ちでーす。」と言っていましたが、列はさらに伸びていました。美術館の外で折り返しの列になっていました。

この外の列が一体どこまで伸びているんだと言うくらい長かったです。

確かに「鳥獣戯画展」でも3時間は並びましたが、敷地内で90分館の中で90分、給水サービスなどもちゃんとしていてあまり辛くはなかったのでしたが、こちらは敷地外はただひたすら並ぶだけです。

だけど、女二人の待ち時間はずっとおしゃべりで退屈知らずと言うものですよ。

姉と二人でドラマの話などお気楽な話を延々としていました。

そして並んでいるうちに前後左右にいる方々が同志にさえ見えてきました。

ちょっとおしゃべりなどの交流もあったりしました。

それこそほんのわずかな触れ合いと言えるかもしれませんね、

でも近くで並んでいた人の中には具合の悪くなってしまった方もいらしたみたいです。

会期が後わずかな「若冲展」です。

な混雑は予想されます。これから行かれる方は、お天気にもよりますが、5月の日差しは意外ときついものがあります。日傘や濡れタオル、それに水分を補給できるものは必ずお持ちになった方が良いですよ。着いた早々並ぶなら立ちながら食べる事が出来る軽食もあった方が良いかもしれません。  


Posted by fengkuangjiu at 17:01Comments(0)

2016年03月09日

一路走,一路拾撿

心的月臺,回首之時,落花的碎沾滿了塵埃。念,不知從何時開始,隔空此岸彼岸的輾轉,獨自悠然的綻放清瘦的淒美,合著落花粉碎的殘紅,一同融入苦海的天堂Pretty renew 傳銷。黑夜的蒼穹似乎無邊,於是殘樓高歌,鏡花舞思,伊人獨去夜樓空,落花月伴,欲寄離愁,且等誰回首?

秋寒的墨色,塵世的繁華湮滅了滄桑的旅途,望穿秋水的章節,微笑或流淚,嫋嫋書寫,撫不去塵世的灰跡,一個執迷於塵間落寞的女子,筆直在流年的日落<Pretty Renew 銷售手法,歲月留痕,幾分離落,流年亦難寄,夜涼獨自甚情緒,垂問風盡,大片的光陰流淌,有多少在一聲聲更苦,站在月未央?哀音似訴,薄唇淺語,正思寒意頻回望,一種心疼的牽念,落花幾度碎。

經年半卷塵煙,輕綿落花的意境,追尋來不及的腳步酒店高級文憑,流水一樣的時光,伴著歲月的燈盞,新詞老去。靜候跋涉,婉約落花的安靜,悸動飄搖的絲絲念想,斑斕的花影,還留在記憶的池城,紅粉依舊,寂靜的夜裏,再看文人與落花弄墨,落花有意隨流水,流水無心戀落花,只恨,落花飄際水不惜,流水淌過花自憐。

  


Posted by fengkuangjiu at 15:50Comments(0)

2016年02月26日

傲殺人間萬戶侯,不識字煙波釣叟

十年前偶然讀到羅蘭的散文,其中有一句是:“點秋江白鷺沙鷗。傲殺人間萬戶侯,不識字煙波釣叟。”此句於世間學問大有深意,秘藏妙明之下手處。不覺神迷,那種閑情,那種況味,那種冷傲,不是言語可以形容搬屋

後研習書法,搜集漢隸中的斷片殘字,竟然發現那種超世忘機不沾塵埃的作品,都是民間碑刻,隱藏在林下。書道有三脈,一曰“線脈”,二曰“心脈”,三曰“氣脈”。字乃心畫,文乃心聲,如有林下之風,就會集自然山水之靈氣,匯與於毫端,一股靈氣,悠悠渺渺,從心底流出,就會有神來之筆,超然於俗物之外,更超越於知識之外。這就是性靈,性靈是用山水來養的,養得心中如名山大川般丘壑縱橫,自會雲水禪心,下筆如神。

世上最妙的文字,往往樸素絢爛,氣韻入仙。自然如春花,濯濯如秋月,這種含斂著至愛和自由童心的書寫的文字,平和簡靜,遒麗天成,非大師可以比擬。但這一些傑作,都在民間,且是無名之人書寫,刻於石上。

天下之氣,分為清濁兩種。居芝蘭之室,久而不聞其香;處鮑魚之肆,久而不聞其臭。凡有清雅之氣的,可以給人帶來美的享受,亦可以把人的靈魂帶入天堂。

此句出處是元代白樸《【雙調】沉醉東風•漁夫》,全調雲:“黃蘆岸白蘋渡口,綠楊堤紅蓼灘頭。雖無刎頸交,卻有忘機友。點秋江白鷺沙鷗。傲殺人間萬戶侯,不識字煙波釣叟。”美麗的畫面,高潔的精神。人生的最高境界,不過是忘世忘機,與自然合一吧。孔子曰:“朝聞道,夕死可矣。”孔子拜老子為師,所學不過一半,封建時代,他半部《論語》可以治天下reenex好唔好

中華文化,博大精深,其精髓,不過得於自然,達到天人和一的境界。悟透老子的道,道,其實就是自然,也就是佛陀所說的空,色不過是空所現的幻象。道法自然,不識字也可以悟道。禪宗六祖惠能,一字不識,卻徹見本性,成為一代宗師,其佛偈雲:“菩提本無樹,明鏡亦非臺。本來無一物,何處惹塵埃。”

古時的漁夫,大多不識字,依本性生活,卻更為淳樸,豁達。屈子做《漁父問答》,可以看見兩種不同的哲學思想在這裏交鋒,矛盾而統一。殉國也好,避世也好,都是一種自然的生存狀態,都是一種生活的抗爭。梵高殉畫,海子殉詩,三毛殉情,譚嗣同殉國是一種壯舉,孔子“達則兼濟天下,窮則獨善其身”是一種智慧,佛陀清靜平等,普度眾生,更是一種慈悲。

看取蓮花淨,方知不染心。“傲殺人間萬戶侯,不識字煙波釣叟”,一葉扁舟,一蓑煙雨,從此江湖逝,一生不染塵。有漁歌雲:“滄浪之水濁兮,可以濯吾足。滄浪之水清兮,可以濯吾纓。”超逸世外,忘世忘機,回歸自然reenex價錢

鐵肩擔道義,妙手著文章,以出世的精神做人,以入世的精神做事。“人間正道是滄桑”,我想既有屈子的執著,又有漁父的曠達,不偏不倚,行在中間,不矛盾,不糾結,內心和諧,才是正道。  


Posted by fengkuangjiu at 16:41Comments(0)

2015年02月13日

ますますファンになります

さて、番宣(番組宣伝)のお時間です。(ウソ)

記事タイトルに 「人生の旅路」なんて付けましたが、演歌ではありません(笑)

皆さま、
【ローカル路線バス ~乗り継ぎの旅】 (←クリック) という番組をご存じでしょうか?

これ、ものすごく面白いですねヽ(^。^)ノ
番組の詳しい中身については、私のヘタな説明よりも、
題字をクリックしていただいて読んでください(笑) 
はい、手抜きです。

再放送を含め、お正月に連続放送されました。
録り溜めて、時間がある時に、ちびりチビリと視ております。


さて、このロケ番組、
普通の「旅」の番組ではありません。
スタート地点から、ただひたすら路線バスだけを乗り継ぎ、
決められた日数の中でゴールを目指すのです。
ですので、いくら観光地であっても立ち寄るとは限りません。
ルールに沿ってゴールに辿りつくことだけが至上命題。
勿論、路線バスには運行時刻もあり、必ずしも乗り継ぎができるとも限りません。
何の保証もなく、台本もなく、辿りつけなければそれは「失敗」というルールなのです。
ね! 視ないうちからワクワクするでしょ?(笑)


さて、「人生はマラソンだ~」なんてのがありますが、
私、この番組を以前から視ているのですが、まさに人生学に通じるものが
この「路線バスの旅」にあるかと思うのです(^o^)丿

行く先々、いろんな人にお世話になったりもします。
---生きてゆく中、そういう連続ですね。

バスルートは自分で考えます。
バス路線がつながっている保証もなく、うまく次のバス停に辿りついても
時刻表を見てガックリとか(本数がないなど)。
---まさに、生きている途上でいくらでもあることですね。

焦り、落胆、希望…
もうヘロヘロになっての束の間の「旅情」。
---人生の旅人も、「ああ、また頑張ろう」と思うことに出会うものです。

最近、人気沸騰の番組。
知る人ぞ知る、「続編はまだか」の声が幾度もあるそうです。
この気持ち、わかるわかる(笑)

毎回、旅の三人目のメンバーが「ゲスト」です。
一部、芸能界の中でも 「あのロケは厳しいよ~」の声多く、
ゲスト氏も「そう言われました(笑)」と。
そんなゲスト氏、
苦労の連続で、やっとの思いでゴールに辿り付き、メンバーと抱き合います。
するとこう言いました。

『これか、 これなんですね! (感涙)』

うーーーー、そうなのです (私、行ってませんけど・笑)
これなんです。
人生、しんどい事の連続ですが、台本に書けないドラマがある。

ますますファンになります。
どうか、無事故で、末永く番組を続けてください(^○^)


.................................................


 私 : 「アホやなぁー、○○すればええのに!
 私 : 「アカン、アカン、もうっ! 」
 私 : 「あーーーーー、ちゃうちゃう(違う違う)、こっちやー」

 嫁・娘 : 「パーパ、 う・る・さ・いっ 」


静かに視ていられない番組でもあります (;´∀`)  


Posted by fengkuangjiu at 11:14Comments(0)10周年
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